いいですね。。
”「青い鳥はそばに居る」
と賢い人は言う
遠くに行けばいいというものではなく
彷徨いは己の心にあるという”
多くの賢者は、それを知るために彷徨った。
壮大な贈り物の迷路をくまなく彷徨った。
求め彷徨うという人生の美酒を自分は飲み干しながら、人には味あわせない賢者があるだろうか?
「青い鳥はそばにいるから」という理由で?
その者は賢者ではない。
彼は、彷徨えるということが人生からの贈り物であり、愛されている証拠であり、彷徨う過程でのすべての出会いや出来事こそが愛おしいかけがえのない自分の人生であるのだ、ということをわかっていない。
大切なことは青い鳥を見つけること以上に、
青い鳥を探すこと。
たとえ旅路で倒れ息途絶えようと、
その人は青い鳥を見つけている。。
・・・・
なんて続けてみたくなりました。
by: ファナ * 2007/11/18 16:43 * URL [
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ファナさん
すばらしいです。コメントというより、もう詩になっています。いや、人生のヒントでしょう。
彷徨うことが宝物。これは重要な気づきですね。
>「青い鳥はそばにいるから」という理由で?
>その者は賢者ではない
安住の為に、こんな賢者になろうとするのが世の風潮だと思います。
求めさすらうことが「時間の無駄」だと。
その間に工業製品でも生産しろ、と。
でも、何かが違うと思います。
そう思った人々は彷徨いの旅に出るのでしょう。
そういえば、ブッタとシッタカブッタという漫画で、一つのエピソードがありました。
シッタカブッタは幸福を求めて歩き続けました。
ずっとずっと歩き旅を続けました。
そして気がつきました。
幸福は歩くことにあったのだ、と。
求め、彷徨う過程を楽しめるようになったら、
人々は楽な気持ちで暮らしていけるかもしれませんね。
by: ten * 2007/11/20 16:42 * URL [
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ブログを読んで刺激されてついコメントさせてもらいましたが、送信ボタンをポチっと押したあとで照れくさくなっていました。ありがとうございます。
>シッタカブッタは幸福を求めて歩き続けました。
ずっとずっと歩き旅を続けました。
そして気がつきました。
幸福は歩くことにあったのだ、と。
いいですね、この言葉にはとても強く共感できます。
>安住の為に、こんな賢者になろうとするのが世の風潮だと思います。
求めさすらうことが「時間の無駄」だと。 その間に工業製品でも生産しろ、と。
そうですね。そのように言う人々もそういう世界観も、この広い世界(物質的にも精神的にも)の一部にすぎないんですけれどもね。。でも旅をしない・彷徨わない(物質的にも精神的にも)人々にとっては、当然それが唯一ですべての世界なので、上のような言葉は逆に痛々しいくらいです。他人へ向けて言いつつも、本当はほかの誰でもなく自分へ言い聞かせているかもしれない。ほんとうは、彼こそがむなしさを心の奥に抱えているはず、、そんなマテリアリスティックな世界だけに一生すんでいるならば。ね。。
by: ファナ * 2007/11/26 05:57 * URL [
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ファナ さん
度々のコメントありがとうございます。
>他人へ向けて言いつつも、本当はほかの誰でもなく自分へ言い聞かせているかもしれない。ほんとうは、彼こそがむなしさを心の奥に抱えているはず、、そんなマテリアリスティックな世界だけに一生すんでいるならば。ね。
学校から会社まで、今の全ての風潮が結局こういうことなんですよね。
みんな空しさを抱えながら、自分に言い聞かせて我慢して生きていく。
ただ大半の工業製品は、10年経てば不燃ゴミになるだけなんですよね。
やはり根幹が何か間違っている気がしてならないのです。
旅をしなくても、心を放ち旅人の気持ちを汲むことが出来る人達もいるし。
やっぱり個人個人の意識レベルで「思い込み」が世界を形成しているのじゃないか?って最近思うようになりました。
by: ten * 2007/11/27 14:10 * URL [
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